業界裏話

「私が完全に直してみせますと言えないのか!」というクレームについて

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故障した給湯器を修理するというような仕事をしていると、どんなにパーフェクトな仕事をしていてもクレームは付き物です(どんな業種でもそうだと思いますが…)。

というのもお客さんからしたら、いくら耐用年数だなんだと言っても「今まで普通に使えていたものが使えなくなってしまった」わけですから、それなりの不満がでるのは当然でしょう。

 

これからお金が掛かるという不満、メーカーに対する不満、この機械を取り付けた業者への不満など、給湯器に関する不満の全ての捌け口となるのが私のような修理業者だと思っています。

いつもは「こんなクレームを言うお客さんがいるけど、それは筋が通ってないぞ!」というような愚痴を書いていますが、今回はちょっと違って「お客さんからのクレームで気付かされたこと」について書いていきたいと思います。

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お客様は神様じゃない

当社は「お客様は神様だ(ただしお金をちゃんと払ってくれる人に限る)」というスタンスの会社です。毎朝、社訓を読まされるのですが、その中に「お客様がお望みになるならば~」的な項目もあったように思います。

こういう会社では「お客様は神様だ」「クレームはありがたい」という意見があって、個人的にはそれを気持ち悪いと思っていました。私はそもそもお客様は神様だとは思ってないですし。

 

そして、クレームについてもありがたいと思ったことは一度もありませんでした。

「なんか言いたいだけなんだろうな」とか「なんか文句を言うことでストレス発散したり、あわよくばお詫びの品が貰えたり、返金・値引きになったりしないかな」って思う人がやることだと思っていたんですよね。

もちろん当社に不手際があった場合は、この限りではありません。

 

クレームはありがたいのか?

すごく良くできた商売人なんかは「クレームはアイディアの宝庫だ!」なんて言う人もいますよね。

「お客さんが不満に思うことを改善する→それがサービスの向上に繋がる→自分の会社のレベルが上がる」という理屈はわかるんです。

 

でも、かと言って「うちの子が真似したらどうするんですか!」という、バラエティ番組に対するクレームに意味があるとは思わないし、クレームを真摯に受け止められる人って選ばれた人間じゃないかと。

私は申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げるだけで、そのクレームに意味があるとは思ったことがありませんでした。どうせ「親戚の家より早く壊れた!」とかクレームを付けて、あわよくば修理代をタダにしたいだけなんじゃないかとか思ってたんですよね。

 

心から考えさせられたクレーム

「私が完全に直してみせます!」っていう一言も言えないのか!

ある時、修理依頼を受けて訪問したお家で給湯器の診断をし、悪い部品と壊れてしまった原因、これを直すのにかかる費用の説明をお客さんにした時の話です。

お客さんからは「この部品を交換したらどれくらい持ちそう?」と聞かれ、いつも通り「給湯器は10年を超えているため、もしこの部品を交換しても今度は他の部分が壊れてしまうかもしれないこと」などを説明しました。

 

もし次々に後を追うようなカタチで故障が続いた場合、最終的に発生する費用が膨大なものになる可能性があるため、買い替えを検討した方がいいことについても説明しました。

もちろん「私が今回交換する部品はしばらく壊れないことを保証いたします」という言葉は添えたのですが、お客さんとしては「今回修理してもすぐに壊れるかもしれない」という言葉に不安を感じたようで「私が完全に直してみせます!って言えないのかお前は」という感じでお叱りを受けたことがあります。

 

会社の方針としては「無責任なことは言うな」というスタンス

物を直す仕事をしている人なら少なからず理解してもらえると思うのですが、基本的に不満を持ったお客さんは、こちらの失言を攻めてくることが多いです。

例えば運送会社の人に「何時頃これますか?」って聞いたら、大抵は「本来行ける時間よりも余裕をもって答える」と思うんですよ。「このまま普通に行ったら2時に着くけど、お客さんには2時半頃には行けるって答える」的な。

 

「2時には行けます!」って行って、結果的に着いたのが2時1分だったら、まぁ多くの人は1分くらいって思うだろうけど、1分でも遅刻は遅刻ですよね。世の中には色んな人がいるので、こういう部分を攻めてくる人も少なくありません。

このように「できない可能性のあることは断言しないように」と徹底的に指導されてきました。

修理をして「今回修理すれば、しばらく大丈夫だと思いますよ」なんて言って、もし万が一別の部分が壊れたら、次に会う時は間違いなく「この前修理した時はしばらく大丈夫だって言ったじゃないの!」と言われるのが目に見えているからです。

 

もし「任せてください!」という人がいれば…

私は、確実に「分からないものは分からない」という人間で、それこそ何かあった時に責任が取れないから、悪く言うと「保身」のために言葉を選んでいます。

というのも、私は「無責任なことを言う人よりは、このように正直に話す人の方が好き」だからであり、そちらの方がお客さんに対して真摯に向き合っていると思っていました。

車の修理をするにしても「今回修理すればあと1年は大丈夫だと思いますよ!」とか言うような人は適当だと思うし、それよりなら「今回修理した場所は大丈夫だけど、今度は他が壊れるかもしれない」って言われた方が納得できると思うんです。

 

ただ「またすぐ別の部分が壊れちゃうかも」という人よりも「私にお任せください!」って言ってくれる人に任せたいっていう気持ちはありますよね。

こういうことを言う人が、お客さんに「今回修理したら何年使える?」と聞かれて「私にお任せください!」って答えたとして、返す刀で「いやそうじゃなくて、だから今回修理したら何年使える?」って切り返されたときになんて返すのかは楽しみですが。

 

未来のことを断言するのは難しい

私に「私が必ず直します!って言えないのかお前は」と言ってきたお客さんは「どうなるか分からないことはこっちだってわかってる」と言っていました。

そのうえで「これから修理しようって人間が、また別の部分が壊れるかもしれないって言うのはおかしいんじゃないか?」「壊れたら壊れたで、その時はその時だろう」とも言っていました。

私は「壊れたら壊れたで、その時はその時」という行き当たりばったりな感じが好きではなかったのですが、人によってはそちらの方がいいと感じるようです。

 

最初は「どうせそうやって言って、壊れたら壊れたで文句言うじゃん」と心の中で文句を言っていましたが、この件について真剣に考えた時に「このお客さんの言い分もわかる」という方向になっていったんですよね。

例えば、私は給湯器のことをお客さんに説明するうえで、しばしば病気などに例えて分かりやすくなるように説明しています。例えば部品交換を手術だとしましょう。

「手術してもまたすぐに別の場所が悪くなるかもしれない」なんて言ってくるお医者さんに命預けたくないですよね。だったら「私が必ず治しますよ」って言ってくれるお医者さんに任せたいと思いませんか?

その結果、手術が100%成功するとはこっちも思ってないじゃないですか。もしかしたら失敗してしまうかもしれないっていうのは分かってて、最初に持っている気持ちの問題のようにも思うわけです。

 

「別の場所が壊れてしまうかもしれない→だから言ったでしょ」のパターンよりは「私にお任せください→やっぱダメでした、すみません」の方がいいかもしれないですね。

…どっちもダメじゃね?

 

まとめ

クレームを100%躱すことは不可能

どうせクレームを言われるなら、そのクレームにどんな意味があるのかを知ろうとすると面白い

私は今でもクレームをありがたいとは思いません。でも、クレームをすべて「ただの文句」だとも思わないようになりました。

私も何度か「来たサービスマンの態度が悪い」と言われてしまったことがあります。人間ですから合う・合わないはありますが、さすがに「態度が悪い」って言われてしまうと、こちらに落ち度があったということですから改めなくてはならないとも思っています。

 

どうせ文句とかクレームを言われずにこの仕事をしていくのなんてまず無理ですから、どうせだったら「その人がどんな気持ちで、そういう文句を言っているのか」を考えてみると面白いです。

そして、どうせちょっとでも嫌な気持ちになるなら、それ以上に自分が成長できればいいんじゃないかなぁと思えるようになりました。以上。

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